日本経済新聞の文化面(裏表紙にあたる面)に「美の十選」という連載コーナーがあります。1連載10回で、様々な識者の方々が自分の拘りテーマで美術・芸術の十選をし、毎日1作品を解説するというもの。私も楽しみに読んでいますが、先日ある十選の最終10作目の紹介作品がある80年代ハリウッド特撮映画のクライマックスシーンの画面構成の巧みさの解説でした。
私はその映画が10回目のラストに取り上げられたことと、その映画に対する愛にあふれる解説に大変感激しSNSに取り上げました。すると、担当の先生からコメントを頂き、とても楽しいやりとりをさせて頂く機会に恵まれました。
先生の解説は、共通するモチーフを描く作品なのに、作者やその描き方の意図、ストーリーとしての取り上げ方の違いがこんなにもあるよ!というのを、絵画の中の構成要素の画面構成上の配置的特徴をひも解くことでとて論理的に解説されていました。これ、実は私がVMDを体系づけるにおいてとても重要視している点もあり、毎日読んでいてとても共感したんです。
私はVMDを「陳列」=並べ方の集合体である・・この「並べ方」と「配し方」がMDをVたらしめるに必要な前提である・・と考えています。
MDの括り方、配し方と並べ方、並べるテクニックや機能設計としての分割とプロポーション、全体の統一性と一貫性、そしてこれら全てによる美的な快感・・
「多くの中から見つける」ことをいかにさせるかとか、構図として目を一点に意図的に留まらせるためにも「並べ方・配し方」が重要なのですが、店がお客様に対して売らんとし陳列することと、画家が作品の中に構図として取り入れることには、並べ方の美観としては通底した理論があるのではないかと考えていました。
フォーカルポイント、三角構成、シンメトリー、リピテーション、ネガティブスペース、色の配置など、VMDではよく使われます。建築家やデザイナーさんも売場の環境設計で好んで取り入れていました。私が前職ではじめてVMDのマニュアルに触れた時、これら「構成」に関するルールをまったく違和感なくすんなり呑み込めました。自分は絵を描くのが好きですが、自分が絵を描く時に好む画面構成の仕方とまったく同じだったからです。
好きなイラストレータさんがそういう構成の絵を描く人が多かったし、私の祖父は洋画家で、幼いころから祖父の絵に囲まれて過ごしてきたので自然と身に付いていたのかもしれません。
今なお通じる絶対的な「美の原理」。これにはまるからハズれることが少ない。
そういうことか。だから並べ方の原理原則としてマニュアルに載るんだな。
そんな見方で俯瞰的に考えるようになったのは前職を辞めてからです。
前職を辞めた後、そういう本を色々探して買いまくりました。構成学、美学、認知心理学、絵画のテキスト。これらを総動員して自分の中で理屈立てて、大学の授業でも解説しています。後に、VMD協会の先輩方からこれらは「形式原理」(美的印象を与える形象の、美しさの原因となる美的秩序の原則と形式的な法則性)と呼ばれていることを知るのですが。会社ではそこまでは習えませんでしたね。
先の十選のご担当、美術史研究家の秋田麻早子先生は「絵を見る技術」という本を書いておられることが判りました。この本、私も書店でいつも目にしており知っていたのですが、恥ずかしながらこれまで手に取ってはいませんでした。
十選の解説が絵画の画面構成の巧みな解説だったので、きっとこの本も・・・
出張先の百貨店に入っているジュンク堂さんで早速購入。
まさにその通りでした。
「名画の構造を読み解く」
第1章:この絵の主役はどこ?・・フォーカルポイント
第2章:名画が人の目をとらえて放さないのはなぜ?・・経路の探し方
第3章:「この絵はバランスがいい」ってどういうこと?・・バランスの見方
第4章:なぜ、その色なのか?・・絵具と色の秘密
第5章:名画の裏に構造あり・・構図と比例
第6章:だから、名画は名画なんです・・統一感
「絵画の表現手段である造形の見方が知られていないなら、まずはそれを伝える必要があることに思い至りました」と書かれていましたが、絵画も造形なんですね。VMDも根底には造形があると発見することができました。
画面の中には目をやる「経路」が、絵を隅々まで見てもらうために必ず隠されている。「見方を知っている」とは経路を探せるということなのだそうです。
なるほど。VMDにも見やすく見つけやすくするための、一番見て欲しいものを見てもらうための、品揃えの構成を一瞥で理解してもらうための「経路」を「売場構成」の中で仕込むじゃないか。
絵画の構造と見方を知ることは統合的なVMD構成を知ることに通じる。秋田先生、新たな気付きを頂きました。ありがとうございました。
VMDに関わる皆様にも手に取って頂くことをおススメいたします!
洋画家だった祖父の影響もあり、私は売場を一瞥したときの視覚的印象を、「風景として切り取る」ことを意識しています。売場作りや展開指導を行う際には、景色としてどう見て頂くか、をお伝えするよう心掛けています。
今回は秋田先生の著作を通じ「名画の構造」を知る機会を得ましたが、かねてより探していたもう一つは「風景画の構成のし方」のVMDにも通じる解釈や解説でした。美大に通えば色々な先生方から習うのだと思いますが、私はこれにはなかなか出会えませんでした。
ところが、2年前に実家の整理をした際に書棚の隅から一冊の小さな本が出てきたんです。洋画家だった祖父が書いた本でした。「風景の描き方」というその古くて小さな本には、私が欲しかった要点がまとめられていました。
・風景はすべて大きな一つの空間 (として考える)
・ぜんぶがお互いにつながり合う (にはどうすればよいか)
・風景の表情 (をどう作るか)
・風景をどう見たか (どう見るか)
・最初に一瞥した記憶 (をどう作るか)
ひとつひとつの小さな構成要素をすべて関連させる。それらの統合的な見えがかりがVMDでありテイストであり売場の風景となる。展開、売場に表情や動きをつける。それをお客様にどう見て記憶してほしいか。あなたはそれをどう作りますか。と解釈できます。
売場や展示空間全体を「 風景 」と捉えて考える場合の、「風景の美しさとその見方 」「売場空間の、風景としての空間の捉え方」に対する重要なポイント・・・構造と言えると思います。VMDに通じますよね。
このような風景としての捉え方に対しても、視覚で切り取った際の画面構成上は秋田先生の「名画の構造」がそのまま当てはまるものと思います。
おまけとして、秋田先生の著作でも触れられている「フラクタル」について。
構成学の本にも必ず出てきます。同じ形のものが入れ子構造のようにサイズ違いで繰り返される構成・・自己相似性のことで、繰り返しで安定感や規則性・統一性を生む手法として用いられます。私がフラクタルを知ったのは実は高校生の頃です。科学雑誌Newton誌の1986年10月号に「フラクタル幾何学の美」という特集が出て、フルカラーの写真で展開された当時最新のコンピュータ解析で生み出されたミクロの幾何学の世界に、子供ながら魅了されました。その号はいまでも大事に取ってあります。
有機的な幾何学模様の小さな一部分を拡大すると、そこには全く同じ形の小さな世界が繰り返されている・・・不思議でした。最近では雪の結晶やブロッコリーの葉など、自然界の造形美としても広く知られるようになりました。
構成学におけるフラクタルは入れ子構造の相似形の繰り返し・・ということですが、VMDの解釈で捉えてみると「棚一枚の展開イメージが店全体の展開イメージとして一貫している」とか、「ディスプレイ一つで企業イメージ・テイストがハッキリ判る」
といった、ミクロからマクロまでの視覚的統一感が理念やコンセプトも含めブレないことを表す概念にも捉えることができそうです。
ちょっと強引な展開ですが(笑)
VMDは根底に「美」「美観」「美的体験」を包含とするものとすれば、こんなふうに美術的分析思考を店頭のものの見方やVMDの解釈に応用してみるのはとても意義があると思いますがいかがでしょうか。もっと色々な着眼点を見つけていきたいです。
秋田先生、勉強になりました!